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はじめましての方も、そうでない方も、こんにちは。
みかん農園「ごろごろ」の、あずさわです。

さて、このホームページでは「まずは、お客さんに自分たちのことをよく知ってもらいたいな」ということを考えています。むしろ、それしか考えていません。キレイなビジュアルで魅せようとか、カッコいい感じにしようとか、そういった思いは皆無で、これでもかというくらいテキスト偏重。まさにホームページ界の大長編小説のようになってしまいました。

なぜそんなことになったのかと言うと、ぼくが物を買うとき、その物についてよく知っている方が安心だし、納得できるからです。

たとえば、先日、仕事用のプリンターを買った時の話。家電量販店で何種類もある機械とにらめっこし、スペック表を読んで比べては、うんうん唸り、気付けば買うまでに小一時間くらいかかっていました。決めるのに時間はかかったけれど、買ってよかったと思う納得のスペックでした。

たぶん、初めて「ごろごろ」のみかんを買う方も、よくよくどんな商品なのか、どんな人が作っているのかを知っていた方が、納得して気持ち良い買い物ができるのではないかなと、そう思うのです。

ということで、ごろごろのみかんを食べたライターの方が綴る、「ごろごろ」のストーリーをご用意しました。少し長くなりますが、ぜひのんびり見てもらえたらと思います...

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STORY:

“おいしくなかったら、売らない”。

――『ごろごろ』オーナー夫婦が大切にしてきたこと、大切にしてゆくこと。





 



初めてそのみかんを口にしたときの衝撃は忘れられない。


「え? あまっ!」

これみかんだよね、と思わず手元を二度見する。それくらい、わたしがそれまで口にしてきた柑橘類とはまったく別次元の、とろけるような甘さだった。

「すごい。なんかこれ、別のくだものみたい。なんだろう……あ、巨峰?! ねえねえ、このみかん、すっごい甘くて、フルーティーで、巨峰みたいじゃない?!」

興奮気味に、夫にそう話しかけたのを覚えている。

九州育ちでいろいろな柑橘を食べてきた夫も「ほんとだ!」とびっくりし、当時1歳でまだしゃべれなかった娘は、何も言わず、ただものすごい勢いでぱくぱくと夢中になって食べていた。子どもの反応は、何よりも正直だ。

まずは味に感動し、あらためて、その実をよくよく観察してみれば。

極限まで水分と養分をたたえた果実は、みずみずしくて見るからにきれい。そして驚いたのは、皮の薄さだ。外皮も、薄皮も、そのどちらもがほんとうに薄い。

「薄いほうが、皮に養分がいかないぶん、実のほうが甘くなるんですよ」。そう、あとから聞いて、なるほどなあと深くうなずいた。

そんな、とびきりおいしい温州みかんを育てているのは、愛媛県・宇和島市でみかん農家を営む、梓澤翔吾(あずさわ しょうご)さん。妻の文(あや)さんも、パートで外に勤めるかたわら、それ以外のときにはみかん作りを手伝っている。

 

ふたりとも出身は関東だが、2017年に東京から宇和島に移住。翔吾さんは地元の農家に弟子入りし、おいしいみかんを育てる知識や技をじっくりと学んできた。そして2019年7月、晴れて独立。柑橘の店『ごろごろ』をオープンした。

いままで食べてきたどのみかんとも違う、あの極上の味わいをもつ温州みかんは、いったいどんなひとが、どんなふうに作っているのだろう。

背景にあるストーリーを聞いてみたくて、カメラ片手に宇和島へ飛んだ。


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東京の会社員を経て、旅の先にたどりついたのは「農業」

甘夏の収穫作業風景。


ごろごろのオーナー、梓澤翔吾さんは東京出身。

大学在学中には、フィジーやオーストラリアなどで海外生活を体験。教育やキャリアに興味があったことから、卒業後は新卒採用のコンサルティングを行う会社に入社した。

熱中して働いたが、残業が続いてからだを壊したのを機に退職。海外を旅したり、レストランでアルバイトをしたり、浅草で忍者の格好をして(!)雑貨を売るアルバイトをしたりと、興味のままにいろいろな可能性を模索したそうだ。

その後、やっぱり教育やキャリアに関わる仕事がしたいと、進学塾の進路指導の職に。意外にも、農業に興味をもったのはこの仕事をしていたときだった。

翔吾:「きっかけは、農大の収穫祭を訪れたことですね。大学の学園祭というと、学生が内輪で楽しんでいるイメージがあったんですが、農大の収穫祭はまったく違って。学生たちが育てた作物を無料で配って、地元の人たちと交流していたんです。その光景を見て、ああ、すごくいいなとびっくりして」

もともと、自分が学生のときから、大学教育のあり方に少なからず疑問を持っていた。「実生活に直接役立たない勉強に、膨大なお金、膨大な時間を費やしているような気がして」いたからだ。

翔吾:「でも農大の収穫祭では、学生が勉強していることが、ちゃんと周りのひとたちの役に立っているなと感じて。それが、農業にちゃんと興味をもったきっかけかもしれないです」

仕事として「農業」という選択肢を考えることには、あまり抵抗がなかった。というのも翔吾さん、大学のときにワーキングホリデーで行ったオーストラリアで、3週間ほどブロッコリー畑の収穫作業を手伝った経験があるのだ。

翔吾:「ずうっと中腰で収穫するから、体はめちゃめちゃしんどいんです。でも、作業が終わったあとはすごく爽快でした。地平線まで一面、ブロッコリーみたいなところで、広々としていて気持ちよかった」

そんな原体験に、農大の収穫祭で出会った光景が作用して、じわじわと農業への興味がふくらみはじめた。


作ったものを売って対価を得る、シンプルな仕事がしたかった



「農業いいかも」と思ってから、「よし、農業を仕事にしよう!」と決意するまで、どんなことを考えていたのだろう?

翔吾:「それまでにも、これからどう生きようかといろいろ考えていて。大学院で高等教育を学び直して教授になるとか、趣味で好きだったダイビングのインストラクターになるとか、他にも興味はあったんです。でも農業への興味が深まるうちに、それらの選択肢が消えて、農業が残ったという感じで。
たとえば大学教授に興味をもったのは、自分が高等教育に満足できなかったからそれを変えたいという、言ってみればネガティブな起点。でも、どうせならポジティブに、自分が好きなこと、気持ちよくできることを仕事にしたいと思ったんです」

そこで選択肢として残ったのが、ダイビングインストラクターと、農業のふたつ。

ダイビングは趣味として好きだったが、よく考えてみると自分が好きなのは“いろんな海を潜る”こと。“毎日、同じ海に人を案内する”インストラクターの仕事は向いていないと気づいた。

翔吾:「それで、残ったのが農業だったんですよね。ダイビングもそうですが、もともとスーツを脱いで、自然の中で仕事をしたいと思っていて。農業なら、陽の光のもとで仕事ができて、気分もいいし。
それに何より、あの農大の収穫祭で見た景色が頭の中にあったんです。自分が作った農作物をお客さんに買ってもらい、対価としてお金を得る。そのシンプルなビジネスモデルが、すごくいいなと思って」

ああ、その感覚、わかる気がする。
かつてわたしも、目に見えにくいサービスを扱う会社員をしていたとき、「もっとシンプルでわかりやすい仕事がしたい」と何度も思っていたな。

翔吾:「世の中っていま、複雑じゃないですか。視点を変えたら簡単なことなのに、なんでもかんでも複雑にして、お金を生み出している、という感じがして。そういうことはしたくないなと。そんな中、『作物を作って、それを売る』って最高にシンプル。わかりやすいなと思ったんです」

ちなみに進学塾の同僚として出会った文(あや)さんとは、まだふたりとも塾で働いているときに結婚したそう。「結婚前に、将来は農家になるかもって聞いていたの?」と、こそっと聞いてみた。

文:「いや、それは聞いてなくて。でもダイビングのインストラクターをやりたいとか、仕事を変えたいという話は聞いていたので、覚悟はしてたんです(笑)。農大の収穫祭にも2年連続ふたりで行って、2回目に行ったときには、農業に関する本を買って帰ったりしているのを見ていて」

じわじわと農業への本気度が高まっていく夫を、そばで見守っていた。

そして文さんが体調不良で仕事を休むことになったのを機に、夫婦ともに退職。

新しい働き方・暮らし方を探ろうと、ふたりで舵を切った。


柑橘農業のライフスタイルと人の魅力に惹かれ、宇和島へ移住

畑から見える景色。日々、この光景を見下ろしながら働いている。



農業をするにあたって、宇和島にたどりついたのはどんな背景からだろう?

翔吾:「まずは海が好きだったから、海がきれいな街で農業しようと思って」

その発想、いいなあ。

翔吾:「そのとき住んでいたのは神奈川の江ノ島だったので、まずは神奈川の新規就農窓口で話を聞いて。神奈川、静岡、香川、愛媛、と夫婦で旅をしながら情報を集めて、愛媛の宇和島でピンときて、決めました」

ピンときた、その理由とは。

翔吾:「たぶんひとつは、柑橘類の農業が、自分の望むライフスタイルにフィットしていると感じたこと。ふたつめは、ここがいい街だなと思ったから」

柑橘類の産業がライフスタイルにフィットしている……って、どういうこと?

翔吾:「それまで他の土地でも、現地の農業法人で仕事体験などをしていたんです。ひとくちに農業といっても、働き方のスタイルはいろいろで。たとえば複数の野菜を複数の畑で育て、毎日休みなく収穫と出荷がつづくという働き方もあります。でもそのいそがしさは、僕には向いていないと感じていて。
そんななか宇和島に来て、みかん農家の方と話をしたときに、『いそがしい時期はいそがしいけど、いそがしくないときはいそがしくない』と聞いたんです。そこで、怒られるかなとドキドキしながら『1ヵ月くらい休んでも大丈夫ですかね……?』と聞いてみたら、それも大丈夫、と答えてくれて」

へえ! 農家って“休めない”ものかとばかり、思っていた。

翔吾:「僕もそう思っていたので、奇跡がおきたなと(笑)。実際に休むかは別として、“休みが選択できる”というのはいいなと思ったんです。
もちろん、地域の共同作業などもあるので、そこは周りの方に迷惑をかけないように考えなければいけないです。それに、実際は1〜2ヵ月放置していると畑も荒れてきてしまうから、ある程度の手入れも必要です。
だからバランスは探らなければならないけれど、少なくとも遊ぶということが不可能じゃなく、“選択可能”な働き方はすばらしいなと思って」

なるほど。仕事も遊びもすべて含めたうえでの“Life”ですもんね。

翔吾:「あとは、みかんって、おいしいけど高級品すぎないところがいいなと思ったんです。自分もそれまで普通に買って食べていたものだから、気持ちにフィットしやすかったというか」

翔吾さんのことばに、文さんもうなずいてつづける。

文:「みかんは小さくて、友だちにも配れるイメージがありますよね。もちろん大きな野菜も配れるけれど、みかんなら気軽に渡せて、もらったほうも、『あ、ありがとう!』ってすぐ喜べるというか」

たしかに。みかんなら皮むいてその場ですぐ食べられるし、コミュニケーションツールみたいなところがあるよなあ……。そうつぶやいたら、「まさにそれがうちの事業コンセプトのひとつでもあるんです」と翔吾さん。そのあたりは、また後で聞いてみよう。

ちなみに宇和島を「いい街だなあ」と思ったのは、どんなところで?

翔吾:「とにかく、住んでいるひとたちがひとなつっこくて。農家のひとに会いにいくとき、海岸沿いにバスで降りたら、小学生のふたり連れに「どこから来たの?」と急に話しかけられて。子どもたちが無邪気にかかわってくれたのが、うれしくて」

文:「そうそう。『じゃんけんしようや〜』って言ってくれて、一緒に遊んだりして。そこでちょっと、心をつかまれました。あと、じゃこを干していたおばあちゃんがいて、挨拶したら、いきなりビニール袋にじゃこをパンパンに詰めて、『持って帰り〜』って渡してくれたり」

翔吾:「ちょっと遊びにきただけで、いろんなひとがやさしくしてくれて、街のひとなつっこさが見えたみたいな感じでした」

そんなひとなつっこい土地に、気づけば夫婦で惹かれていた。


宇和島へ移住し、みかん農家の師匠に弟子入り

取材時、畑に実っていた甘夏。



そして2017年6月、いよいよ関東から愛媛・宇和島へ移り住む。

宇和島市の就農支援制度を活用して、地元の農家に研修生として弟子入り。3軒の農家をローテーションで回りながら、みかん作りについて学んだ。

そうして基本的な知識や作業を体得していく一方で、畑の借り入れなど、独立のための準備も着々と進めてゆく。

はたから聞いているととても大きな転身のように感じるけれど、いきなり見知らぬ土地でみかん農家になって、思い描いていたイメージとギャップなんかはなかったんだろうか。

翔吾:「そもそもあんまり、思い描いていたことがないから、ギャップはないですね。やっぱり、よかったと思ってます」

文さんにも同じ質問をしてみたら、「夫がのびのびしていて、健康的になった感じがして、よかったなあと思います」と返ってきた。予想外の角度からの返答だったけれど、ああ、それって何よりいい答えだなあ、と心が温まった。

「むしろこれからいろいろ、大変なことも出てくるかもしれないですけどね」

ふたりしてそう言っていたけれど、たとえ苦労してもたぶん、それはふたりにとって後悔という感情にはならないような気がする。

仕事への向かい方、暮らしの心地よさ、日々健康的であること。大事にしたいことが根本的に、東京でのライフスタイルとは違うように感じた。


木ごとに毎日味見をして、おいしいと思えたものだけを売る



収穫シーズンには毎日味見をして、木ごとに時期を見極めて収穫する。

さあ、なんだか『ごろごろ』オーナーの人となりは、だいぶわかってきた。

でも実際、異業種から転身して、あれほどおいしいみかんって作れるの? 正直そんな気持ちもある。

おいしいみかんを作るため、「ごろごろ」は具体的に、どんなことを大切にしているんだろう。そのあたり、ちゃんとこの目で見て、聞いておかないと帰れない。

ということで、実際に畑へ登り、写真を撮ったり、その場でもいだ甘夏を味見させてもらったりしながら、根掘り葉掘り、しつこいくらいに話を聞いた。

翔吾:「一番大切にしていることは、自分たちが「おいしい!」と思ったものだけを売る、ということです。みかんって、土地によって味が違うのはもちろん、同じ畑の中でも、一本一本、木によって味が違う。さらに同じ木でも、収穫する時期によって全然、味が違うんです。
だから、収穫の前には必ず毎日味見をして、その木の味を確かめてから収穫する。それを大切にしています。ただそのぶん、毎回、まったく同じ味のみかんが届くわけではないんですよね。
みかんは工業製品ではないから、それはお客さんにも、わかってほしい。でも、大前提として僕たちが『おいしい』と思ったものだけを売るので、いろんなおいしさのバリエーションを、楽しんでもらえたらうれしいなと思います」


みかんを「転がさずに」出荷したいから、手作業で選別

手作業による選別作業。時間はかかるが、衝撃を加えずていねいに選別する



そのほかにも、おいしさのために大切にしていることってあるだろうか。

翔吾:「手作業で選別するのもそのひとつですね。一般的に大きな農家さんでは、選果機と呼ばれる機械を使うのが普通で、もちろんそのほうが仕事の効率はいいんです。
選果機では、みかんがローラーの上をゴロゴロと回転させられながら流れていき、最終的にはサイズ別に分けられて、カゴにポトンと落とされる。その過程で、みかんにはたくさんの振動や衝撃が加わることになります。
衝撃が加わると、そのときは見た目でわからなくても、時間が経つうちにおいしくなくなってしまうんです。とくに、香りはまったく変わってしまう。僕たちがずっとお世話になっているみかん作りの師匠にも、『ぜったいに転がさんほうがいい』と教わっていて。
だから僕たちも、時間はかかりますが、手でひとつひとつ見て、おいしいと思われるものを、ていねいに手で詰めていくようにしています。規模が大きくなるとこの作業は難しくなるのですが、おいしさを優先したいので、『手作業の選別ができる範囲での経営規模でやっていこう』と決めているんです」

そう言いながら、いたずらっ子のような笑みを浮かべた翔吾さんに「実際に、食べくらべてもらおうと思って」と2つのみかんを渡された。

取材の1週間ほど前に、衝撃を加えたみかんと、衝撃をくわえずにただ保管していたみかんだという。どちらがどちらとは聞かぬまま、とりあえず、一房ずつ、口に入れてみる。

“……うわっ!”

2つ目の一房を口にいれた瞬間、素人のわたしにも明らかに違いがわかった。片方はおいしいみかんで、もう片方は、なんというのだろう、ちょっと傷んだというか、あんまりおいしくないなと思うみかん。口に入れた瞬間にわかったのは、味以前に「香りの変化」を感じとったからかもしれない。

でも、「こういう味のみかん、ときどきあるなあ、スーパーで買うと」とも思う。そういう意味では、慣れた味でもあったのだけれど。

おいしい、おいしくない、って、もともとの育て方の違いが大きいと思っていたけれど(もちろんそれもあるけど)、同じ畑で同じ時期にとれたものでも、衝撃の有る無しでこんなにも味が変わってしまうものなんだなあ。


師匠お墨付きの、土地と肥料で



畑をてくてく歩きながら、おいしさにつながるこだわりをひもとくインタビューはつづく。

翔吾:「あとは、この土地もおいしさにつながっていると思います。果実コンクールで表彰されてきた経歴も持つほど、宇和島でおいしいみかんを作っている農家の師匠が、『早い時期なら、うちの山よりうまいことないかな(うちの山よりうまいんじゃないか)』と言って、『ここでみかんを作ったほうがいい』と勧めてくれた土地なんです」

もともとは別の方が持っていた土地。その持ち主が高齢となり、畑の手入れが難しくなっていたところを、翔吾さんが借り、畑を再生していくことになった。

そして肥料も、化学肥料は使わず、魚粉に特別な“にがり”を混ぜた有機肥料を使っているそうだ。この肥料も、みかんの香りや味わいをより豊かにするのに、欠かせない要素なのだとか。

翔吾:「これも、師匠が長年使ってきたものと同じものを使っているんです。でも一応、自分も使うにあたって、客観的にもほんとうにこれがベストなのかと、国立国会図書館まで行って調べてみたんですけど。
『農業技術体系』の土壌施肥編に、化学肥料・きのこの粉末・牛糞・魚粉、で育てた結果を比較したデータが載っていて、魚粉が一番、根っこの色や状態が健康だというのを確認して。そういう裏付けもあって使わせてもらってます」

また肥料に加え、摘果(まびくこと)についても、「できるかぎり皮を薄くし、食べたときに柔らかくとろけるような食感になるような摘果方法」をとっているのだそう。おいしさを追求する姿勢は、いたるところから垣間見える。

肥料も、摘果も、やりすぎてもまずくなるし、やらなくてもまずくなる。実のおいしさを極限まで引き出せるよう、木のメカニズムも勉強したうえで、ぎりぎりちょうどよいバランスを保つのがキモであり、難しさでもあるという。

それにしても、師匠のおすすめだからと言って評判を鵜呑みにせず、客観的データを探すというのはなんとも翔吾さんらしい。もともと教育に興味があったといっていたし、勉強熱心なタイプなのだろう。自宅にも分厚い農業関係の書物が並んでいた。

古きを学びつつ新しきも取り入れる、農家のニュータイプになるかもしれない。


おいしいみかんは、ひととひとのつながりをよくするツール


「ごろごろ」のロゴ。ゆったりとした時間を、という思いが込められている。



ところで『ごろごろ』という名前は、どんなふうに生まれたんだろう?

翔吾:「まずは、くつろいで食べてほしいなあ、という思いがあって。それに、自分自身もライフスタイルとして、くつろいだ生活をしていきたい、と考えているんですよね。
だから『くつろぎ』というキーワードは、ぼくたちの店の根幹にあります。みかんづくりも、みかんが、それを買ったひとはもちろん、その家族や友だちにも、よりくつろいだ時間を届けるツールになるといいなあ、という思いでやっているんです」

なるほど、くつろいだ時間を届けるツールかあ。さっきの「みかんはコミュニケーションツールになる」という話とのつながりが見えてきたぞ。

翔吾:「家でみかんを食べたとき、旦那さんとおいしいねと話したり、お子さんが夢中で食べていたりという話をしてくれましたよね。それはきっとみかんがおいしかったからで、もし、食べたのがおいしくないみかんだったら、その時間もいい雰囲気にならなかったかもしれないなと思うんです。『あんまりおいしくないね、買って損したねえ』って……(笑)。
そういうことを想像すると、うちから届くみかんがおいしくあることで、買ってくれた方やその周りの人たちに、ポジティブな時間が流れるようになるのだと考えるようになりました。
だから、ただ単に『おいしいみかんを作っています』ではなく、ひととひとのつながりや、関係性がよりよくなるような仕事をしようと、そういう気持ちでやっています」


おいしくなかったら、黙って売らない。



“みかんは工業製品ではない。だから、毎回同じ味のものが届くわけじゃない“

翔吾さんが繰り返し言っていたそのことばの意味は、実際に畑を見学しながら話を聞くなかで、よくわかった。

毎年天候も違えば、木のコンディションも違う。そして収穫の時期によっても味は刻々と変わる。相手は自然なのだ。

そんな中、毎年完全に同じものを作れるわけではないけれど、翔吾さんと文さんが「おいしい」「これならお金を出して買ってもらえる」と思ったものだけを販売する。それを、一番大切にしている。

――でも。

毎年同じものがつくれないということは、年によっては天候の影響などでどうしても例年の「おいしさ」レベルに達していない、なんてこともあったりするんじゃないだろうか。そんなときは、どうするのだろう。

翔吾:「あー、そういうときは、正直に言います」

文:「そうですね。もし味が例年にいたらないと思っているなら、例年と同じような顔をして素知らぬふりで売ることはしないです。『今年はごめんなさい、もう一歩の味なんですが、わたしたちも経営を成り立たせないと生活ができないので、いつもよりぐっと値引き価格のこちらで、買ってくれませんか』など、そうやって事情をオープンにして正直に売りたいです」

翔吾:「そうですね。もちろん、おいしいみかんが作れるように毎日努力はしているし、おいしいものを作ることを一番に目指しているけれど、どうしても納得のいかない味のものしか作れなかったときは、値引きや、訳あり商品というのをちゃんと説明したうえで販売したいです」

事前に用意していた質問事項ではなく、その場でふと聞いてみたことだったのだけれど、ふたりの答えは一致していた。

買ってくれるお客さんに、嘘はつかない。つきたくない。

「とにかく、自分たちのおいしいと思ったものだけを、売ります」

その日なんども繰り返し聞いてきたその言葉の誠実さが、ストン、と納得感をもって胸に落ちた。




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おわりに


インタビュー全体を通して伝わってきたのは、どこまでもまっすぐな誠実さだった。

移動中の雑談で「売上を伸ばすなら、こういうこともしてみたら」なんて、いらぬアドバイスをしかけたわたしに、「でも、売れすぎても、困るんですよね。いまのところは、夫婦ふたりでつつましく、穏やかに暮らせるくらいの稼ぎがあれば、じゅうぶんだと思っているから」とさらり、返す翔吾さん。

ああ、そうかあ、そうだよなあ、そうだよなあ……。

なんだか、心がすうと洗われた気がした。

経営規模を拡大したいとは思わない、品質を保つには、夫婦ふたりで経営できるくらいの規模がちょうどいいと思っているから。そういえば、インタビューのなかでもたびたび、そんなフレーズが出てきていた。

いろんな既存の枠にとらわれず、自分たちの方法で暮らしを組み立ててゆこうとする誠実なふたりを、応援したい。

最後にもう一度言うけれど、『ごろごろ』のみかんはおいしい。

巨峰みたいに「ふるっ」としてとろけるような食感に、じゅわっと広がる濃密な味わいと、芳醇な香り。うーん。思い出すだけでもおいしい。

でも「おいしい」なんて主観的なもので、いくらわたしがここで繰り返し書いたところで、あなたの舌には何も伝わらない。体験してほしいとしか、言いようがないのだ。とてももどかしいけれど、それが現代の限界。

だから、気になったらぜひ一度は試してみてほしい。

少なくともこのふたりが、自信を持って「おいしいです!」といえるものしか、あなたの家には届かない(または、どうしてもその基準に達するものが収穫できない年は、きちんと「訳あり」などの表記がされたうえで販売される)。

『ごろごろ』の夫婦が自信を持って「おいしい」と太鼓判を押す。それがどんな味か、あなたの舌でたしかめてください。

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Writer Profile:

ぽこねん(text & photo)

おいしいものと日常をこよなく愛するライター。noteで日常や育児にまつわるエッセイを更新している。2017年より一児の母。思いのある作り手・生産者さんのストーリーを届ける取材執筆が好き。お仕事依頼はtwitterDMまたはpoconen7@gmail.comから。

note: https://note.mu/poconen

twitter: https://twitter.com/poconen

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